社長の英会話レッスン奮闘記: 2008年4月アーカイブ

今回は、英語ができなくても、成績が悪くても、アメリカの片田舎の大学へ飛び込んで行った日本人のお話。
私の友人の親戚に、2代続いた病院の跡取り息子がいた。親は後を継がせようとプレッシャーをかけるが、彼はいかんせん。大の遊び好きで勉強は大の苦手(よくある話・・・)。2浪したあげく、とうとう進退きわまって、突如、親に宣言した。「アメリカの大学へ留学します!」。
アメリカの大学に入るためには、TOEICでかなりの点数が必要だが、彼の点数ははるかに満たなかった。つまり、英語が、話せない・読めない・書けない!困った彼は、入学にTOEICの点数が要らない大学を探した。

次の候補者はインド人女性

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新しい英会話の個人レッスンの先生候補を2人見つけた。1人は日系アメリカ人女性、もう1人はインド人女性だ。まずは、インド人の先生と会ってみた。
彼女は、母国インドでは大学の教授だったが、文部科学省の研究留学生プログラムに選ばれ、博士号を取るために日本の大学で勉強している。
(ウヒョ~!!高学歴だなぁ・・・) 数日後には、ハーバード大で開かれる学会のためにアメリカに行くと言っていた。
文科省の国費留学生プログラムにパスすると、奨学金と住む場所が与えられる。大学の学生寮は、独身者でも家族持ちでもOKらしい。彼女は、ご主人と子供と一緒に家族用の学生寮(とても狭い)に住んでいる。

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